So-net無料ブログ作成


2016年までの観た!読んだ!お勧めの映画や本でーす!





前の1件 | -

あなたへと続く”道”(3) 道 [あなたへ続く”道”]

sakaki.png





道姓 どうせい

阪府などにみられる。
関連姓は道氏。
和歌山県や北陸から山形県、秋田県など東北まで広がる大族、
道君(安倍氏(祖先は第八代孝元天皇の孫)族)の子孫といわれる。
語源は道や街道の地形に由来する。


越道君
越道君の子孫という説もある。
現長野県である信濃、現山口県東半部である周防に地名がみられる。

近年、広島県広島市に多数みられる。


大和朝廷が近畿地方を中心に勢力を伸ばしていた頃、

越といわれた 金沢平野にも道君(みちのきみ)という豪族が活躍していた。

高句麗の使者が日本海で遭難し この地に上陸したさい、

彼らは道君に大和の天皇と偽られ貢ぎ物を横領された。

これを知った 南加賀の豪族江沼氏が大和朝廷に訴えたので

道君が厳しく問い詰められたと『日本書紀』 に記されている。


  7世紀半ば、天智天皇宮人の中に越道君伊羅都売(こしのみちのきみいらつめ) という名があり、

これが道君の娘です。

宮人となった伊羅都売は、650年に白壁王を生みます。

後に光仁天皇となった人です。
 

道君一族は、

8世紀になると金沢平野全域を手に入れ、

同時に白山信仰の権力を持ち、私寺として末松廃寺 (野々市町末松)を建立した。

885年

その一族の道今古の名を最後に歴史から姿を消しました。


http://k-hikari.sakura.ne.jp/top_phot/rekisi/kaga_noto/rikkoku.html






道 受けて
トコヨ尊の皇統を受け




東の君。
東の "君" と表現されていることに注意を要する。


ここでの "君" は「和つ君 (中央政府の総帥)」の "君" の意であり、

トコヨ神の皇統を正式に認められた君であることを示す。

このトヨケの例を除いて、タカミムスビが "君" と言われる事例は他に見当たらない。

("ヒタカミ央君" という言い方はあるが、この君はローカルな君を表す。)
  

【東王父】http://www.asuka-tobira.com/saimei/doukyo.htm
神仙の世界には仙薬があって、それを飲めばだれでも長生きできると考えられていた。
仙薬は西の昆崙山(こんろんさん)に住む西王母(せいおうぼ)が持っており、
また,東方の海に三神山(「蓬莱(ほうらい)」「方丈」「瀛州(えいしゅう)」)があって、
そこに住む仙人が持っているとされた。
東王父は、東王父、東王公、東君、木公、これらの表記がある。
東方・太陽・男性を表し、中国から見て東にある大海中の山 (蓬莱山) に住んでいる。
  

『代々受けて 治む五代の ミムスビの 斎名タマキネ 元明を 写す タカマに アメミヲヤ 元々・天並 三十二神』4文
『纏れば  "廻みの トヨケ尊" 東の君と 道 受けて 大嘗事も 真榊の 六万に継ぎて』4文

  




トコヨ
  

常世 (疾代)。  
先行する時代。クニトコタチの代/世。 =カミヨ(上代・神代)
ウヒチニ・スヒチより前の、世に男女の別が無かった世代。
  

『ササケはトコヨ ヰノクチの スクナミ守の 竹株に 雀が籾を 入るを見て 酒 造り初め 進めけり』2文
『この酒は トコヨ イノクチ 山陰の スクナミ守の 竹株に 鳥のついばむ これを見て 初めて造り 故 笹笥』ミ2文
『深く謀りて オモイカネ トコヨの踊り '長咲' や 俳優歌ふ』7文
『諸守は 結戸の前に 姦踊り これぞトコヨの "長咲" や』7文
『剣の基は 和の矛 クニトコタチの 代にはまだ 矛 無き故は 素直にて 和りを守れば 矛 要らず』23文

  

  

トコヨクニ
  
トコヨ国。
1.クニトコタチ時代の世界の国々。 
神代の理想郷で、日本の場合特にホツマ国とヒタカミ。
橘と真榊をそのシンボルとする。

  
『クニトコタチの トコヨ国 八方八下りの 御子生みて 皆その国を 治めしむ これ国君の 初めなり』2文
『クニトコタチの 八下り子 木草を苞の ホツマ国 東遥かに 熟み高く 立ち上る日の ヒタカミや』4文
『タカミムスビと 国 統べて トコヨの木を ハラミ山 橘山となす 五百継ぎの 真榊も植え』4文
  
  
2.人代になるとヒタカミ国のことを言うようになる。
時代が下るとまたホツマ国もトコヨに含まれるようになる。
ヤマトの政権が及ばない東国をトコヨと言うようになったようだ。
  
『橘を求めに タジマモリ トコヨに行けよ 我が思ふ クニトコタチの 御代の木』37文
『これ得んと 遥かに行きし トコヨとは』37文

  

■福島県東白川郡塙町大字常世中野、福島県東白川郡塙町大字常世北野、
福島県耶麻郡塩川町大字常世、千葉県銚子市常世田町など、

常世の地名が多く東国に残っているのは面白い。

  

  

トコヨカミ

  
トコヨ尊。
先行する時代の尊。 =クニトコタチ
ウヒチニ・スヒチより前の、世に男女の別が無かった時代の和つ日月。 
  

『トコヨ尊 木の実 東に 植えて生む ハコクニの尊 ヒタカミの タカマに纏る ミナカヌシ』2文

  

  

トコヨノハナ

  
トコヨの木。 (ハナは、ここでは「(地から) 放つ・跳ぬ」の意で「木や草」を示す。)
トコヨシンボルの橘(カグ・タチバナ)。
「トコヨの道」を象徴する。
この木を植えた「ハラミ山」を「橘山 (カグヤマ)」という。
  

■トコヨの神は橘をどこから持って来たのだろう。
日本に土着の木ではなさそうだ。
南方を暗示するように思う。
  

『クニトコタチの 八下り子 木草を苞の ホツマ国 東遥かに 熟み高く 立ち上る日の ヒタカミや』4文
『タカミムスビと 国 統べて トコヨの木を ハラミ山 橘山となす 五百継ぎの 真榊も植え』4文
『橘を求めに タジマモリ トコヨに行けよ 我が思ふ クニトコタチの 御代の木』37文

  

  

トコヨノミチ

  
トコヨの道。(疾代の道)。
1.トヨヨの統治理念。 
調和による秩序の道。相反するものを和合・中和することによって生まれる秩序。
=陽陰なる道・妹背の道・調の道。

『人草の 嘆きを和す 尊あらず あらねば道も 尽きんかと』4文
『ツクシに御幸 橘を 植えてトコヨの 道 成れば 諸守 受けて 民を治す』5文
『トコヨの道を 教ゆ尊 クニトコタチも 和り恵り 堅地に八方を 何方と 生む国 総て オノコロぞ』18文

2.トヨヨ神の皇統。 
クニトコタチからオモタルまで連なる日本の国君としての本家筋。

『東の君と 道 受けて 大嘗事も 真榊の 六万に継ぎて』4文

  

  

トコヨサト
  

トコヨ里。
トコヨの流れを汲む地。
二尊は国々を巡り、民にトコヨの道を教えて行く。そしてトコヨの道が通った地には、
橘をトコヨの国のシンボルとして植えていく。
こうした国々をトコヨ里と呼んだ。 

「里」は「下・末・麓・裾野」などの意。
  

『ソサに来たりて 宮 造り 静かに結ます キシヰ国 橘 植えて トコヨ里』5文

  


豊受大神。 
東の君。ホツマ君。大物忌大神。 斎名:タマキネ(タマキ)。贈り名:アサヒ神。
イサコ(イサナミ)、ヤソキネ、カンサヒ、ツハモノヌシの父。 五代タカミムスビ。

オモタル/カシコネを最後に、日本の中央政府たるトコヨ神の直系(本家)は断絶してしまう。

中央政府の不在という窮状をなんとかするため、

急遽タマキネはヒタカミに元明の四十九神を勧請し、

『天のタカマ』を地上に写して『地のタカマ』とする。

これによりヒタカミも天上の神の顕現の地となり、

地理的に辺境にありながらもタカマ (中央政府) たる資格を得る。

これを以てトヨケはトコヨの道 (トコヨ神の皇統たる資格) を受けて『東の君』と認定され、

『廻みのトヨケ尊』とも呼ばれることになる。

タマキネは暫定的にヒタカミをタカマ(中央政府) とし、

本家の立場を引き継いで日本全土を総括していたようだ。

タマキネは、娘のイサコ(分家)と、根の国を治めていたアワナギの子のタカヒト(別の分家)を結婚させ、

その子を以て本家とすることで、中央部 (葦原中国) の窮状を救済しようと図る。

そしてアマテルが生まれることで中央政権が復活し、分割統治に陥っていた日本の再統一が成る。

アマテルの誕生を祈願して、イトリ山に世継社を作り、八千回の禊を行う (大物忌大神)。

アマテルが君となってから、チタル国の益人・コクミが職務を怠るので代わりに治め、

その後サホコ国もタカキネに代わり宮津にて治める。 

宮津 (マナヰ原) の辞洞に自らに入り、アサヒ神と贈り名される。

トヨケが自覚するところでは、クニトコタチ ー キノトコタチ ー タマキネと転生している。

キノトコタチが天に還った時に、その統括の元に人に霊の結を付けたという。

これはウヒチニ・スヒチを初めとして人に男女の別が設けられたのと同時期のことであろうと思われる。
  

三重県伊勢市豊川町、豊受 (トヨウケ) 大神宮
京都府宮津市字大垣、籠 (コノ) 神社
山形県飽海郡遊佐町大字吹浦字布倉、大物忌 (オオモノイミ) 神社
  

【東王父】http://www.asuka-tobira.com/saimei/doukyo.htm

神仙の世界には仙薬があって、それを飲めばだれでも長生きできると考えられていた。

仙薬は西の昆崙山(こんろんさん)に住む西王母(せいおうぼ)が持っており、

また,東方の海に三神山(「蓬莱(ほうらい)」「方丈」「瀛州(えいしゅう)」)があって、

そこに住む仙人が持っているとされた。

東王父は、東王父、東王公、東君、木公、これらの表記がある。

東方・太陽・男性を表し、中国から見て東にある大海中の山 (蓬莱山) に住んでいる。
  


                                  ┏クラキネ
                                  ┃
クニトコタチ━クニサツチ┳トヨクンヌ━ウヒチニ┳ツノクヰ━オモタル ┣ココリ姫
            ┃          ┃          ┃
            ┃          ┗アメヨロヅ┳アワナギ┻イサナギ
            ┃             ↑  ┃      ┃
            ┃             ┃  ┗サクナギ  ┣ヒルコ
            ┃             ┗━━━┓     ┃
            ┣ハコクニ━キノトコタチ┳アメカガミ┛     ┣アマテル
            ┃           ┃           ┃
            ┃           ┗ムスビ(2)┓      ┣ツキヨミ
            ┗ウケモチ             ┃      ┃
┏━━━━━━━━━┛      ┣ソサノヲ
                    ┃  ┃
┗ムスビ(3)━ムスビ(4)━トヨケ┳イサナミ
                                   ┃
                                   ┣ヤソキネ
                                   ┃
                                   ┣カンサヒ
                                   ┃
                                   ┗ツハモノヌシ
※クニトコタチは、ここではミナカヌシ・トホカミヱヒタメ・キツヲサネ・アミヤシナウの総称。
  
  
                              ┌────??────??───アタネ
                              │┌─アマツハバラ 
   ┌─??──────ヲバシリ────────タケミカツチ│├───??───アマツマラ
   │                          ││┌──??──┬タマクシ
   │       ┌─??──────────アマメヒトツ┘││     ├カンタマ
   │       ├─??───────────??─────┘│     └ミツキヒコ
   │       ├─??───────────??──────┴──??───アマセオ
   │       ├─??───────────??──────┬アマノミチネ
トヨケ┼ヤソキネ───┼タカキネ───────┬オモイカネ   └ムラクモ
   ├カンサヒ   ├スクナヒコナ     ├フトタマ
   ├イサナミ   ├ミチコ(アマテル典侍) ├クシタマ
   └ツハモノヌシ └コタヱ(アマテル内侍) ├ヨロマロ
                       ├アヒミタマ
                       ├イクタマ
                       ├アヨミタマ
                       ├タクハタチチ姫(オシホミミ内宮)
                       └ミホツ姫(クシヒコ妻)



オモタル・カシコネ

→ おもたる・かしこね
  

面足尊・惶根尊。 淤母陀流神・阿夜訶志古泥神。
ツノクヰ・イククイの後を受けて、六代目の和つ君となったオモタルと妻のカシコネ。    
ヲウミの安曇川の中州に中柱を建て、その治めは東はヒタカミから、西はツキスミ・アシハラ、南は阿波・ソサ、北は根国・ホソホコチタルまでと、ほぼ日本全土に及ぶものの、代嗣に恵まれることなく次第に世は乱れていく。

  
                                  ┏クラキネ
                                  ┃
クニトコタチ━クニサツチ┳トヨクンヌ━ウヒチニ┳ツノクヰ━オモタル ┣ココリ姫
            ┃          ┃          ┃
            ┃          ┗アメヨロヅ┳アワナギ┻イサナギ
            ┃             ↑  ┃       ┃
            ┃             ┃  ┗サクナギ   ┣ヒルコ
            ┃             ┗━━━┓      ┃
            ┣ハコクニ━キノトコタチ┳アメカガミ┛      ┣アマテル
            ┃           ┃            ┃
            ┃           ┗ムスビ(2)┓       ┣ツキヨミ
            ┗ウケモチ             ┃       ┃
┏━━━━━━━━━┛       ┣ソサノヲ
                    ┃   ┃
┗ムスビ(3)━ムスビ(4)━トヨケ┳イサナミ
                                   ┃
                                   ┣ヤソキネ
                                   ┃
                                   ┣カンサヒ
                                   ┃
                                   ┗ツハモノヌシ
  
※クニトコタチは、ここではミナカヌシ・トホカミヱヒタメ・キツヲサネ・アミヤシナウの総称。
  

  

富山県富山市婦中町鵜坂、鵜坂 (ウサカ) 神社
  

『六代の嗣 オモタルの尊 カシコネと 八方を恵りて 民を治す ヲウミ安曇の 中柱』ミ2文
『東はヤマト ヒタカミも 西はツクシの 葦原も 南 阿波・ソサ 北は根の ヤマトサホコの チタルまで 及べど』ミ2文
『百万年 嗣子なく 道 衰ひて 弁別 無』ミ2文
『真榊二十の 余る頃 弁別 あらず 二尊の 継ぎてあまねく 和り恵り 民の教えは 直・肥や』18文
『オモタルの 末に穂細と なる故に ツキヨミ遣りて 潤繁種 得んと到れば』15文
『オモタルの 民 研ぎ優れ 物奪ふ  これに斧以て 斬り治む』23文
『和の尊 嗣無く 政 尽きんとす 故イサナギに 宣給ふは』23文
『"豊葦原の 千五百秋 瑞穂の田 あり 汝 行き 領すべし" とて 経と矛と 授け賜る』23文


ウサカジンジャ

 
鵜坂神社
富山県富山市婦中町鵜坂。
祭神:淤母陀琉神、 訶志古泥神
配祀:鵜坂姉比咩神、鵜坂妻比咩神、大彦命
  

「鵜坂神」が本来の主祭神であり、配祀神はそれぞれ主祭神の姉神・后神であるとする説が有力である。
社伝によれば、崇神天皇の御代、白雉2年(651年)に大彦命によって創建された。




アマツキミ・アマキミ

→ あまつきみ・あまきみ
  

(和つ君)。 天君 (和君)。
1.和つ君。
和して照らす日月。中央政府の総帥。 =和つ日月
  
2.天君。
天神が業神霊として支援する君。天神の現れ。
  
この初は、ニニキネの『別雷の天君』。 
次は、ホオテミの『御祖に継がふ天君』。 
次が、ウガヤの『御祖天君』。
  
いずれもアマテルから賜っている。
アマテル帰天後、すなわち神武以降は「天君」は「あまつきみ(和つ君)」との意味の区別を失う。
これがすなわち天皇(アマスベラギ) である。


しかし結局のところ、1も2も、日本全土を総括する中央政権の君であることを示す。
  

『今 ニニキネの 先神霊 クニトコタチの 業神霊 現る稜威と 考なえて ワケイカツチの 天君と 名付け賜わる』序

『和つ君 一より十までを つくす故 "ヒト" に和ります "キネ" と "ヒコ" "ウシ" も和りなり』4文
『ワケイカツチの 天君は 深き思ひの あるにより オオシマをして アワ海の ミツホの宮を 造らしむ』25文
『昔 母君 天君に 一夜契りて 後に召す 君まず諮る なお好しと』25文
『受け得て後の 御幸成る 和照らす神 喜びて "御祖に継がふ 天君"と ヲシテ賜わる』26文
『天君は 御機の文を 己手づから 太子に譲り』27文
『我 昔 陽陰の道 得る 橘の文 御祖百編を 授く 名も 御祖天君』27文
『天君は ツクシに御幸 ムロツより オカメに召して ウドの浜』27文
『三十万経れば 陽陰の名も ワケイカツチの 天君と 六十万治む 大御恵みぞ』28文
『御孫キヨヒト また受けて ワケイカツチの 天君と 太の磐座 押し開き 逸のチワキに 治まりて』29文
『神寄りに名も カンヤマト イハワレヒコの 和君と あまねく告れて』29文
『天君の 基は御孫の 雷を 別けて治むる 大御神 褒めて御孫は 天尊の 現る稜威と 賜ふ名は "別雷の 天君" と』30文
『今 天君の 位[比び] 成る 昔は御上 分け授く 今は無き故 その使 寄りて議れば』30文
『斎名ヤスキネ 歳五十二 和つ日月を 受け継ぎて カヌカワミミの 天君と 高丘宮に 初暦』31文
『和つ日月を 受け継ぎて タリヒコクニの 和つ君 斎名オシヒト 位 成る 飾りを民に 拝ませて』31文
『和つ日月を 受け継ぎて ヤマトフトニの 和つ君 斎名ネコヒコ』32文
『時 上鈴 五百四年一月 十四日 君 和つ日月を 受け継ぎて ヤマトクニクル 和つ君』32文
『ヰソニヱの皇子 歳五十二 和つ日月を 受け継ぎて ミマキイリヒコ 和つ君』33文
『斎名ヰソサチ 歳四十二 和つ日月を 受け継ぎて イクメイリヒコ 天君と 飾りを民に 拝ましむ』35文
『"上祖天君 高千穂の 峰に登りて 日の山の 朝日に辞み 妻 向ひ 上下恵む 神となる  国の名もこれ』38文
『百七十九 万三千 続く この世見て いま日の輪内に 御座します 御孫の代々の 民 治む 日に擬えて 和君ぞ』39文
『ニニキネは この心以て ほつま得て 和君となる 羨みて 仮の親子ぞ』40文



『斎名ヤスキネ 歳五十二 和つ日月を 受け継ぎて カヌカワミミの 天君と 高丘宮に 初暦』31文


 

神渟名川耳尊。 
神武天皇とタタライソスズ姫の第二子。斎名:ヤスキネ (ヤスタレで生まれる)。 
第2代綏靖(すいぜい)天皇。ミスズヨリ姫を内宮に、イキシとタマテ(3代安寧天皇) を生む。
カンヤヰミミと謀り、兄タギシミミを殺害する。  
ミワの神を、代々のスメラギの守りとして九月十一日に祭らせ、クシネにオオミワの姓を賜る。 
タネコが罷った時、ウサマロにミカサの姓を賜る。 
52歳で即位し、カダキ(葛城)タカオカ宮を都とする。
84歳で崩御。ツキタ岡に葬られる。

  
ツミハ──┐┌クシミカタマ
     ├┼クシナシ
タマクシ姫┘└──────タタラヰソスズ姫(内宮)
                 ┃
          ┌ヰツセ   ┃─カンヤヰミミ
          ├ミケイリ  ┃
ウガヤフキアワセズ┐├イナヰイ  ┃─カヌナカワミミ┬イキシ
         ├┤      ┃        │
タマヨリ姫────┘└カンヤマトイハワレヒコ    └タマテ
             ┃       ┃
             ┃─タギシミミ ┃
             ┃       ┃
ヒウガ・アタ県主───アヒラツ姫(大典侍) ┃
                     ┃
           クメ───イスキヨリ姫(御下)
                (後にタカクラシタに下される)
  
  
カンヤマトイハワレヒコ──┐
             ├カヌナカワミミ
タタラヰソスズ姫─────┘  ┃
                ┃
                ┃
  ??───────────ミスズヨリ姫(内宮)───────────(2)タマテ
                ┃                 (安寧天皇)
シギ県主クロハヤ──────カワマタ姫(大典侍)
                ┃
タケチ県主クシネ──??───アダオリ姫(典侍)
                ┃
カスガ県主アウヱモロ────イトオリ姫(勾当→典侍)─────────(1)イキシ
                ┃
カダキ国造ツルギネ────┬カツラ姫(内后)
             │  ┃
             └カツラヨリ姫(下后)
                ┃
アメトミ──────────キサ姫(下后)
  
  

鏡臣    : ウサマロ
オオモノヌシ: アダツクシネ
ケクニ臣  : ウマシマチ
祭臣の輔  : ヒコユキ
  

■上鈴83年(神武26年:77歳)生まれ。上鈴134年(52歳)即位。上鈴169年(綏靖36年) 84歳で崩御。
★『旧事』三年春正月、宇摩志麻治命の子の彦湯支命を食国政申大夫とする。
★『書紀』都は葛城高丘宮(かずらきのたかおかのみや)。御陵は桃花鳥田丘上陵(つきたのおかのえのみささぎ、衝田岡)。奈良県橿原市四条町の塚山古墳 (円墳・径16m) に比定される。
  

『二十六年 祭り御幸の ヤスタレに カヌカワミミの 御子生みて 斎名ヤスキネ』31文
『四十二年 一月三日キミヱ カヌナカワ ミミの尊を 代嗣御子』31文
『鏡の臣は ウサマロと アタツクシネは モノヌシと 御子の両羽ぞ 国政り 神饌供え申す ヲモチ君 共に助けよ』
『諸臣 これと 若宮を 立てよ" と言いて 内に入り 三月十日 キヤヱ 神となる』31文
『アメタネコ クシネ・ウサマロ 若宮に 送り議れば タギシ御子 一人政を 執らんとす』31文
『"直り" 三人は 若宮に 問えど答えず 喪に入りて 両羽に任す 回送りも 拒みて延ばす タギシ御子 二弟を断つ』31文
『ヰスズ姫 歌の直しを 請わしむる 若宮 札を 取り見れば 気色詠む歌』31文
『サユ郷ゆ 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ 風吹かんとす』31文
『畝傍山 昼は雲訪い 夕されば 風吹かんとぞ 木の葉さやぎる』31文
『若宮は この二歌を 考えて 聡に害ふ ことを知る カンヤヰ御子に 物語り』31文
『ワカヒコに 弓造らせて マナウラに マカゴの鏃 鍛わせて カンヤヰ御子に 靫 負わせ 』31文
『ヌナカワ尊 兄と到る 片丘室の タキシ御子 折に昼寝の 床に臥す』31文
『皇御子 ヤヰに 宣給ふは "兄弟の互ひに 軋らうは 関く人 無し 我入らば 汝 射よ" とて』31文
『室の戸を 突き開け入れば 兄 怒り "靫負い入る" と 斬らんとす ヤヰ御子 手足 慓けば』31文
『皇御子 弓矢 引き取りて 一矢を胸に 二矢 背に 当てて殺しつ 骸を ここに納めて "御子の神"』31文
『新都 葛城に建てて 宮遷し ここに迎へる 時 上鈴 百三十四年 ツアト春  初日サナヱの 寿ぎし』31文
『斎名ヤスキネ 歳五十二 和つ日月を 受け継ぎて カヌカワミミの 天君と 高丘宮に 初暦』31文
『上代の例 御飾りを 民に拝ませ 母を上げ 御上后と』31文
『ミスズヨリ姫 内つ宮 磯城クロハヤが カワマタ姫 大典侍后 アダが孫 アダオリ姫は 典侍后』31文
『春日 合ふ江の 守が女の イトオリ姫を 勾当に ミコナカ橋の ヲシテ守』31文
『葛城国造 ツルギネが 女のカツラ姫 内后 妹カツラヨリ 下后』31文
『アメトミが姫の キサ姫も 下后 また 小侍女三十』31文
『オオナムチ 殊 成す時に ミモロ神 "我あればこそ おおよその 殊 成さしむる" 先神霊 また業霊は ワニヒコぞ』31文
『故 オオナムチ 嗣となす 三度回りて 殊 成せば 一人別れて 三人目の ワニヒコまでが ミワの神"』31文
『代々皇の 守りとて 九月十一日 祭らしむ アタツクシネに オオミワの 姓 賜わる ワニヒコは 百九十二歳ぞ』31文
『筑紫より 御幸を乞えば 御代りと 直り中臣 下らしむ 豊の直りの 県 成る 三十二の主も 法を受く』31文
『また天君は ヒコユキを 政の臣の 輔となす』31文
『サヤト九月十五日 后生む  斎名シギヒト タマテ御子』31文
『六年ネシヱ冬 イトオリ姫 生む イキシ御子 典侍となる』31文
『二十五サアトの一月三日 シギヒト立てて 代嗣御子 今 二十一歳』31文
『アメタネコ更る 百八十七歳 骸 納む 御笠山 春日の殿に 合ひ祭る "ミカサ"の姓 ウサマロに 賜ひて讃ゆ ミカサ臣』31文
『三十六年五月 十日ネナト  皇 罷る 八十四歳』
『御上の臣は 神祭る 分れ勤むる 若宮の 政事執る 臣は新たぞ』31文
『昔 菊の 花見とて ミスズヨリ姫 カワマタ姫 磯城クロハヤが 館に行き 御子生まんとし 三日病める』31文
『時 夫婦来て これを乞ふ 君に申して タマテ御子 抱え取り上げ 安く生む』31文
『磯城が家 朝日 輝けば "タマテ" が御名を 進め言う 姓を問えば 男はコモリ 女はカツテ彦』31文
『賜ふ名は "若宮の大人" "守の臣" コモリ・カツテの 二神を 吉野に纏り』31文
『皇 罷る 八十四歳 若宮 その夜 喪還に入り 四十八夜至り 率川に 禊の輪 抜け 宮に出づ』31文
『十月十日 骸 送る 桃花烏田丘』31文




神渟名川耳尊。 
神武天皇とタタライソスズ姫の第二子。斎名:ヤスキネ (ヤスタレで生まれる)。 


蹈鞴五十鈴媛。 
ツミハ (コトシロヌシ) とタマクシ姫の娘で、クシミカタマ・クシナシの妹。 
タケヒト (神武) の内宮。カンヤヰミミとカヌナカワミミを生む。 
ツミハが伊予にあるとき、妻のタマクシ姫がイセに詣で、サルタヒコがたたらなす時生まれた。 
タケヒトの后となるまでは阿波宮にいた。上鈴35年生まれ。
  

奈良市本子守町、率川 (イザカワ) 神社
大阪府茨木市五十鈴町、溝咋 (ミゾクイ) 神社
奈良県橿原市久米町、橿原 (カシハラ) 神宮
  

★『旧事』大三輪の大神の娘となっている。
★『書記』事代主神、八尋鰐になって三嶋溝樴姫、或いは云わく、玉櫛姫のもとに通い給う。そして姫蹈鞴五十鈴姫命を生み給う。

  
             ┌ミシマ─タマクシ姫┐┌クシミカタマ───┐
             │         ├┼クシナシ     │
             ├ツミハ──────┘└タタラヰソスズ姫 │
クシヒコ─コモリ────┐│                    │
            ├┴カンタチ┐               │
スヱツミ─イクタマヨリ姫┘     ├─フキネ       ┌───┘
                  │  ┃        ↓
              フトミミ┘  ┃──────クシミカタマ
                     ┃
              サシクニ──ワカメ
  
  
ツミハ──┐┌クシミカタマ
     ├┼クシナシ
タマクシ姫┘└──────タタラヰソスズ姫(内宮)
                 ┃
          ┌ヰツセ   ┃─カンヤヰミミ
          ├ミケイリ  ┃
ウガヤフキアワセズ┐├イナヰイ  ┃─カヌナカワミミ┬イキシ
         ├┤      ┃        │
タマヨリ姫────┘└カンヤマトイハワレヒコ    └タマテ
             ┃       ┃
             ┃─タギシミミ ┃
             ┃       ┃
ヒウガ・アタ県主───アヒラツ姫(大典侍) ┃
                     ┃
           クメ───イスキヨリ姫(御下)
                (後にタカクラシタに下される)
  
  

『これに散けて コトシロは イヨに留まる その妻は イセに詣でて サルタヒコ 称ら為すをば 身に到り そこで姫生む』28文
『その妻に 取り上げさせて 送り行く コトシロ笑めば サルタヒコ 称ゆる姫の 名はタタラ イスズ姫なり』28文
『父のツミハも 神となる 上鈴五十年 十月 八十四万三千 四十八なり 今年ワニヒコ 百の八つ 妹イスズは 十五つ』28文
『共に喪に入り 四十八後 阿波の県に (ツミハの骸を) 納む後 自ら記し この文を 社に置くは 何時のためか』28文
『"后 立てん" と 諸に問ふ ウサツが申す "コトシロが タマクシと生む 姫 タタラ ヰソスズ姫は 国の色 阿波宮に坐す"』29文
『皇 笑みて 后とす コトシロヌシを ヱミス神 孫のクシネを 県主  社 造らせ 十月二十日 祭る大三輪 神南備ぞ』29文
『御鏡は ヰソスズ姫に 八重垣は アヒラツ姫に 御璽は 君の身に添え』30文
『君 代嗣なし クメが子の イスキヨリ姫 乙下侍に 召せば后に 咎められ  ユリ姫となり 殿居せず』31文
『后 孕みて 明くる夏 カンヤヰミミの 御子を生む 斎名イホヒト』31文
『二十六年 祭り御幸の ヤスタレに カヌカワミミの 御子生みて 斎名ヤスキネ』31文
『ヰスズ姫 歌の直しを 請わしむる 若宮 札を 取り見れば 気色詠む歌』31文
『サユ郷ゆ 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ 風吹かんとす』31文
『畝傍山 昼は雲 訪い 夕されば 風 吹かんとぞ 木の葉 さやぎる』31文
『上代の例 御飾りを 民に拝ませ 母を上げ 御上后と』31文

  

  


ツミハ (コトシロヌシ) とタマクシ姫の娘



  

積羽 (八重事代主神)。 

コモリの次男。 三島大明神。 
オオモノヌシ・コモリのコトシロヌシとなる。
ホオテミの時、弟のタケフツと共にイフキの宮にて四国24県を治める。
その後、筑紫に行ったカンタチ (アスカ君のモノヌシ) のコトシロとして、アスカの宮にも侍る。
その後は 阿波 → ハラ → ミシマ → ハラ → ミシマ → 伊予 と通い勤め、
ミシマミゾクイの娘のタマクシ姫との間に、クシミカタマ・クシナシ・タタライスズ姫を儲ける。 
83万3048歳で罷る。この時クシミカタマは108歳、イソスズ姫は15歳。

阿波の県に葬られる。死後にタケヒトからヱミス神の名を賜る。
  

奈良県御所市、鴨都波 (カモツワ) 神社
徳島県阿波郡市場町香美字郷社本、建布都 (タケフツ) 神社
徳島県阿波市宮の本、事代主 (コトシロヌシ) 神社
香川県仲多度郡琴平町、金刀比羅宮 (コトヒラグウ) 事知神社
大阪府高槻市三島江、三島鴨 (ミシマカモ) 神社
静岡県三島市大宮町、三嶋 (ミシマ) 大社
  

★『書記』事代主神、八尋鰐になって三嶋溝樴姫、或いは云わく、玉櫛姫のもとに通い給う。そして姫蹈鞴五十鈴姫命を生み給う。
★『旧事』事代主神は八尋のワニとなって、三嶋溝杭(みしまのみぞくい) の娘・活玉依姫(いくたまよりひめ) のもとへ通い、一男一女を生まれました。
■ツミハヤヱコトシロヌシの『ヤヱ』は『八重・八方』で、文字通り多くのコトシロを同時にこなしたという意味らしい。
■三島の名はミシマミゾクイに起源があるようだが、実際にはツミハが行き巡った地がミシマと呼ばれているようだ。
■三島大神はツミハヤヱコトシロヌシだと言われている。ツミハはミゾクイの娘婿だからミシマを名乗っても不思議はない。

  
                         ┌────────┐
                         ├タケフツ    ├チシロ
                         ├ヤサカヒコ   ├ミノシマ(ミゾクイ)
                         ├ナラヒコ    ├オオタ
                         ├コセツヒコ   ├イワクラ
                         ├チハヤヒ    ├ウタミワケ
                         ├ヨテヒコ    ├ミコモリ
                         ├ヨシノミコモリ ├サギス
タカキネ─イクタマ─??─スヱツミ─イクタマヨリ姫 ├ツミハ     ├クワウチ
                  ┃──────┴カンタチ    └オトマロ
 ソサノヲ─オホナムチ─クシヒコ─コモリ
                  ┃──────┬モトメ     ┌トヨリ姫
    シラヤマ姫─??─アチハセ─シラタマ姫   ├タマネ姫    ├アワナリ姫
                         ├イソヨリ姫   ├ワカネ姫
                         ├ムレノ姫    ├ハザクラ姫
                         ├ミハオリ姫   ├アサ姫
                         ├スセリ姫    ├ムメチル姫
                         ├ミタラシ姫   ├ハモミ姫
                         ├ヤヱコ姫    ├ミチツル姫
                         ├コユルキ姫   ├シモト姫
                         └────────┘

    
             ┌ミシマ─タマクシ姫┐┌クシミカタマ───┐
             │         ├┼クシナシ     │
             ├ツミハ──────┘└タタラヰソスズ姫 │
クシヒコ─コモリ────┐│                    │
            ├┴カンタチ┐               │
スヱツミ─イクタマヨリ姫┘     ├─フキネ       ┌───┘
                  │  ┃        ↓
              フトミミ┘  ┃──────クシミカタマ
                     ┃
              サシクニ──ワカメ
  
■*はオオモノヌシ +はコトシロヌシ

ソサノヲ━オホナムチ*━クシヒコ*+━コモリ*┳カンタチ━フキネ*
                       ┃
                       ┗ツミハ+━━━━┓
      ┃
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
      ┃
      ┗クシミカタマ*━アダツクシネ*━タケイイカツ━タケミカジリ┓
          ┃
       ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
       ┃
       ┗ミケヌシ━オミケヌシ━タケイイカタス━オオタタネコ┓
        ┃
       ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
       ┃
       ┗ミケモチ┳オオカモツミ
       ┃
       ┣オオトモヌシ
             ┃
       ┗タタヒコ
  

『コモリ子の 兄はカンタチ 次ツミハ ヨシノミコモリ 四つはヨテ 次はチハヤヒ コセツヒコ』10文
『日輪分身の 言宣も "上に継ぐ" とて コモリ尊 副モノノベは トマミなり コトシロヌシは ツミハなり』23文
『ツクシより 使人 乞ふ故 カンタチを モノヌシとして ハテツミと 共に三十二を 治めしむ』27文
『故にツミハを コトシロと アスカの宮に 侍らしむ』27文
『これの先 ハラのオシクモ 召し上す 弟ヒタチは 若き故 阿波のコトシロ 侍る宮』27文
『"ハラカラ" なれば 西東 通ひ勤めて 要 占む 名もツミハ八重 コトシロが』27文
『ミシマに到り ハラに行き またミシマより 伊予に行く』27文
『ついに因みて ミゾクイの タマクシ姫も 孕む故 ワニ乗り 阿波へ 帰る内』27文
『生む子の斎名 ワニヒコは クシミカタマぞ 次の子は 斎名ナカヒコ クシナシぞ 青垣殿に 住ましむる』27文
『子無きが故に 乱るるぞ コトシロヌシが 兄弟の子の クシミカタマを 乞い受けて 嗣となすべし』27文
『イヨに到れば コトシロが 館に入れて 主 問ふ "鈴苗ありや" "嘗て無し 手を空しくす"』28文
『"幸鈴二十 伸び如何ん" "過に失せたり これも陽陰" 時にフタヱが "暦名は 如何がなさんや"』28文
『時 カスガ やや笑み曰く "暦名を 「あすす」 とせんや" 時に姫 両守ともに "宣なり"と "上鈴" に極め』28文
『これに散けて コトシロは イヨに留まる その妻は イセに詣でて サルタヒコ 称ら為すをば 身に到り そこで姫生む』28文
『その妻に 取り上げさせて 送り行く コトシロ笑めば サルタヒコ 称ゆる姫の 名はタタラ イスズ姫なり』28文
『父のツミハも 神となる 上鈴五十年 十月 八十四万三千 四十八なり 今年ワニヒコ 百の八つ 妹イスズは 十五つ』28文
『共に喪に入り 四十八後 阿波の県に (ツミハの骸を) 納む後 自ら記し この文を 社に置くは 何時のためか』28文
『ウサツが申す "コトシロが タマクシと生む 姫 タタラ ヰソスズ姫は 国の色 阿波宮に坐す"』29文
『コトシロヌシを ヱミス神 孫のクシネを 県主  社 造らせ 十月二十日 祭る 大三輪 神南備ぞ』29文






事代主 (事知主・言領主)。   → コトシロ

コトシロヌシとは大物主の業務を代行・補佐する役職。 

ツリ(連)と呼ばれることもある。

オホナムチがクシヒコをコトシロヌシとしたことに始まる。 

オオモノヌシと同じく、八重垣臣の家から選ばれるが長子には限定されない。

オオモノヌシの子が務める場合が多い (というかすべてそうだ。2例しかないけど)。 

またコトシロヌシも同時には1人しかいない。


1.クシヒコ。 
初代大物主のオホナムチのコトシロヌシとして宮中に仕える。
オホナムチが津軽に追放された後は、クシヒコが2代目のオオモノヌシとなる。
  
2.ツミハ。 コモリの次男。 
大物主コモリのコトシロヌシ。同時にアスカ宮の物主カンタチのコトシロ。

  
■*はオオモノヌシ +はコトシロヌシ

ソサノヲ━オホナムチ*━クシヒコ*+━コモリ*┳カンタチ━フキネ*
                       ┃
                       ┗ツミハ+━━━━┓
      ┃
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
      ┃
      ┗クシミカタマ*━アダツクシネ*━タケイイカツ━タケミカジリ┓
          ┃
       ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
       ┃
       ┗ミケヌシ━オミケヌシ━タケイイカタス━オオタタネコ┓
        ┃
       ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
       ┃
       ┗ミケモチ┳オオカモツミ
       ┃
       ┣オオトモヌシ
             ┃
       ┗タタヒコ
  
  

『オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに』9文
『オホナムチ 応え 問わんと ミホサキの 連へ雉子の イナセハギ 天の応えを 問ふ時に コトシロヌシが 笑す顔』10文
『モノノベを 八百人束ぬる 主はこれ オオモノヌシや 副えムラジ  コトシロヌシと 助けしむ』23文
『副えの二人は 綜と替更り オオモノヌシは 機の主 故 清汚を算む』23文
『"上に継ぐ" とて コモリ尊 副モノノベは トマミなり コトシロヌシは ツミハなり』23文
『ツクシより 使人 乞ふ故 カンタチを モノヌシとして ハテツミと 共に三十二を 治めしむ』27文
『故にツミハを コトシロと アスカの宮に 侍らしむ』27文
『これの先 ハラのオシクモ 召し上す 弟ヒタチは 若き故 阿波のコトシロ 侍る宮』27文
『"ハラカラ" なれば 西東 通ひ勤めて 要 占む 名もツミハ八重 コトシロが』27文
『ミシマに到り ハラに行き またミシマより 伊予に行く』27文
『子 無きが故に 乱るるぞ コトシロヌシが 兄弟の子の クシミカタマを 請い受けて 嗣となすべし』27文
『これに散けて コトシロは イヨに留まる その妻は イセに詣でて サルタヒコ 称ら為すをば 身に到り そこで姫生む』28文
『その妻に 取り上げさせて 送り行く コトシロ笑めば サルタヒコ 称ゆる姫の 名はタタラ イスズ姫なり』28文
『"后 立てん" と 諸に問ふ ウサツが申す "コトシロが タマクシと生む 姫 タタラ ヰソスズ姫は 国の色 阿波宮に坐す"』29文
『皇 笑みて 后とす コトシロヌシを ヱミス神 孫のクシネを 県主  社 造らせ 十月二十日 祭る大三輪 神南備ぞ』29文
『天の寝せは コトシロヌシ(クシヒコ)が 美保の連り[釣] 父が清かの 禊なすまで』フ008





クシヒコ

  

クシヒコは斎名。

ヲコヌシ=オオクンヌシ=オオコヌシ=大国主

ヤマトオオコノ尊守。ヤマトオオクニタマ。 八重垣の翁。ヱビス。

オホナムチとタケコの第一子。アマテルの孫。

コモリの父。 

初代コトシロヌシ。2代目大物主。 

初代大物主オホナムチのコトシロヌシとして天に仕える。

カシマ立ちの後は、タカキネの娘のミホツ姫を娶って、2代目のオオモノヌシとなり、

初めテルヒコに従いイカルガ宮に侍るが

、アスカへの宮移しに異議を唱えて落ちる。

その後ニニキネが即位するまで側に仕え、ニハリ開拓の供をし、宮造り法を定めている。

ニニキネの即位後はコモリがオオモノヌシとなる。

ヨロギの地を賜って医学・薬学の道を開く。
コモリ (ミホヒコ・ヨロギマロ) はここで生まれたと思われる。  
晩年アマテルから、二尊の天の逆矛を譲り受け、
それを曝け出したまま持って、三諸山の洞に入る。

贈り名:大和の神(やまとのかみ)。
  

島根県八束郡美保関町大字美保関、美保 (ミホ) 神社
奈良県天理市新泉町星山、大和 (オオヤマト) 神社
東京都府中市宮町、大國魂 (オオクニタマ) 神社
  

■大国主とはオホナムチではなくクシヒコのこと (オオクンヌシ)。 
■大黒様 (大国様) と対のヱビス神も元祖はクシヒコ。

  
イサナギ┐┌ヒルコ     ┌オオヤヒコ
     ├┼アマテル    ├オオヤ姫      ┌クシヒコ──コモリ
 イサナミ┘├ツキヨミ    ├ツマツ姫      ├タカコ
      └ソサノヲ───┐├コトヤソ      ├タカヒコネ
              │├オホナムチ─────┴シマツウシ─… … …シマツミチヒコ
┌アカツチ──??─┬サワラノ├┤
│        └ユツヒコ│├カツラギヒトコトヌシ┬カツテ────??─ツルギネ
└アシナツチ┐       ││          └アカホシ
      ├イナタ姫───┘├オオトシクラムスビ─┬オキツヒコ
 テニツキ─┘        │          └ヤマクイ
               └スセリ姫
  
    イサナギ ┌ソサノヲ─オホナムチ
      ┃──┤      ┃────クシヒコ
   ┌イサナミ └アマテル─タケコ    ┃
   │                  ┃────コモリ
   │                  ┃
トヨケ┴ヤソキネ──タカキネ───────ミホツ姫
  
  

『君 クシキネを モノヌシに タケコを妻と なして生む 兄はクシヒコ 妹はタカコ 弟はステシノ タカヒコネ』9文
『オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに』9文
『オホナムチ 応え 問わんと ミホサキの 連へ雉子の イナセハギ 天の応えを 問ふ時に コトシロヌシが 笑す顔』10文
『我 清かにて 父母に "ホロロ 泣けども 鉤の鯛ぞ さかなと極るも 愚かなり』10文
『タカマは民の 笑す尊 いとかけまくぞ 御言宣"』10文
『我が父退らば 諸共の 返言なせば "まだ一人 あり" と言う間に 現わるる タケミナカタぞ』10文
『汝 モノヌシ クシヒコよ 国つ女取らば 疎からん 我がミホツ姫 妻として 八十万守を 司り 御孫を守り 奉れ』10文
『賜ふヨロギは 嘗事の 千草万木の 名を立たす』10文
『この宮領れば 弱のため 病めるを癒やす 道を分け 代嗣は一人 ヨロキマロ』10文
『その時に 西に侍らふ ヒルコ宮 子とヱビスの 正し見て』ミ逸文
『"君にても欲し 民は尚 清かの文を 見ざるかや" 翁 頷き "クシヒコが  諌めの '清か' 今 解けり 苦しみは何』13文
『ヲヲモノヌシが "ノン" なして ヨロギミホヒコ 斎餞に 八色和幣の 紙 進む』14文
『オオモノヌシは 五組の モノベ 二十五を 率き添ふて 供人 総て 八百六十四』20文
『時にコヤネは "早かれ" と オホモノヌシも 止めける フトタマが言ふ "考なえて 君の思すを 止めんや"』20文
『モノヌシは 怒りて曰く "フトタマは 君の統の大人 臣翁 昨日万歳 君祝ひ  今日また変わる 宮遷し』20文
『万千は遠し 一年も 経ざるを狭めば 世の恥は 汝の心 穢れより』20文
『君 肖らば 我 居らず 茜炎に 潰みすとも 磨金食めど 穢れ 得ず" かく言い帰る』20文
『オオモノヌシが 親の国 イヅモ八重垣 和り治む その基典は 前守の 功なれば』21文
『"フトマニに 宮造り法 定めよ" と オオモノヌシに 御言宣 モノヌシ受けて 法定む』21文
『オオナムチ 一度落ちて 日隅君 その子モノヌシ 忠をなす これには似ずも ウツヲまた 後 殊立てん 許し給えや』21文
『天地も 内外も清く 通る時 三千モノノベら 領居州に 剣 拝みて モノヌシが "斬るも宝" が 故を乞ふ』23文
『これ "ヤヱカキ" は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ てれば "統べら" の 代々の垣 己が央なり』23文
『クシヒコ 汝 御孫より ヲコヌシ尊の 賜ふ名も まだ足らず 我 二尊の 賜ふ逆矛 幸ひに その気を得れば 譲るなり』23文
『生れ素直に 和道の 教えに適ふ '皇の 八重垣' の翁 賜ふ名も ヤマトヲヲコの ミタマ尊』23文
『時にクシヒコ 畏れ伏し しばし応えず モノノベら "さ、受け給え" と 進むれど また頂垂るを』23文
『クシヒコは 大和山辺に 殿造り 齢を考えば 歳すでに 十二万八千百 際あれば 後の守は トヨケ法』23文
『'霊の結入れて 皇の 弥々守らんは' 和の道 ミモロの山に 洞掘りて』23文
『和の逆矛 放けながら 入りて静かに 時を待つ 直ぐなる主を 見分けんと 直ぐな印の 杉 植ゆる』23文
『祖父喜び "その父が 和の神と 成りて後 孫に会いたく 年寄る" と 手づから御饗』24文
『スガタ姫 君に申さく "これ悪ろし 昔クシヒコ 諌めしを 嘲る穢れ 禊なす これを棄つれば また穢れ"』24文
『クシヒコ 生まれ 直ぐなれば 授く御矛に 鑑みて ミモロに入りて 時 待つも 道 衰はば また出でて 興さんためや』28文
『またモノヌシは 右の臣 葉強き秋の 弓剣 かくの如しと 酒進む』28文
『ワニヒコが 上祖クシヒコ 諌め入る 直きに賜ふ ヤマト尊 三代還の直き 功に "直りモノヌシ 尊" 賜ふ』30文
『陽陰の御孫に 経を授け ヤマト治むる 御鏡は コヤネに授く 神の宗 矛の源 皇籠の尊』ミ序
『その時に 西に侍ふ ヒルコ宮 皇子とヱビスの 謹みて 音声の初の 御教えを 聞かまほしげの 乞ひ願ひ』ミ和字
『天の寝せは コトシロヌシ(クシヒコ)が 美保の連り[釣] 父が清かの 禊なすまで』フ008
『延の縄の 釣はヱミス(クシヒコ)の 程々に 鮎[天]と鯛[尊]との 富ぞ招ける』フ064



コトシロヌシ

*クシヒコ 初代コトシロヌシ。2代目大物主。 

*積羽 (八重事代主神)。 オオモノヌシ・コモリのコトシロヌシとなる。






  

八重垣 (汚穢垣/家垣/家重画/生え画)。
1.汚穢垣。 汚穢を防ぐ垣。民に汚穢(罪)を寄せ付けないための防御・抑止力。
2.家垣。  家(和・統)を汚穢から守る垣。 =モノノベ
 
3.家重画。 民の家(和・結)を積み重ねた調和の囲み。大和の国家。
 
4.生え画。 産むための区画。 =産屋
  

『宮成らぬ間に イナタ姫 孕めば歌に "八雲絶つ イツモ八重垣 妻籠めに 生え画造る その栄え堅磐"』9文
『イツモ八重垣  オホナムチ 生え画内で 楽しむる 百八十一人 子に満つるかな』9文
『もし民 驕り 身の程も 忘れて終に 剣 受く 受けさせじとて (民の)身の垣よ』23文
『臣・小臣  驕り忍びて 道 守れ 我が身のための 八重垣はこれ』23文
『鏡は民の 心入る 入れ物なれば 八尺陽陰見 ツルギは仇を 近付けず』23文
『アワ国の 家に率て八州 領らすれば 家は八つならず 百千万 重ぬる節の 家重画ぞ』23文
『これ "ヤヱカキ" は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ てれば "統べら" の 代々の垣 己が央なり』23文
『生れ素直に 和道の 教えに適ふ '皇の 八重垣' の翁 賜ふ名も ヤマトヲヲコの ミタマ尊』23文

  

  

ヤヱガキノヲミ・カキヲミ

→ 語義
  

八重垣臣。垣臣。  
八重垣 (=モノノベ) を治める者。八重垣剣の臣。 =剣臣=右の臣≒オオモノヌシ

  
■八重垣の臣

ソサノヲ━オホナムチ━クシヒコ━コモリ┳カンタチ━フキネ
                   ┃
                   ┗ツミハ━━━━┓

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ┃
┗クシミカタマ━アダツクシネ━タケイイカツ━タケミカジリ┓
  ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

┗ミケヌシ━オミケヌシ━タケイイカタス━オオタタネコ┓

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

┗ミケモチ┳オオカモツミ

┣オオトモヌシ
      ┃
┗タタヒコ
  


『ヤタ臣は 繁生ふ春の 民業を 鑑みる目ぞ 垣臣は 汚曲を枯らし モノノベの 力守る手ぞ』24文








 

【三千】
3,000。

●「やすくに」の千五百村の八百万民を治めるの司の数。

『みちとみひこも もろこえに やもよろたみは ももちこえ』ホ17
『みちもののへら しらゐしに つるきおかみて ものぬしか』ホ23
『ちゐもむら みなかうへあり いまこれお あわせてみちの かみをさむ』ホ23
『みちりのたてに へかさりお かけてよつむつ ふみわくる』ホ23
『あまのこやねと ものぬしと まてにはへりて みちものへ』ホ27

http://gejirin.com/gsrc/mi/miti-full.html




志貴皇子の母は、「越道君伊羅都女(こしのみちのきみのいらつめ)」だが、

この「越道君」は、

現・石川県加賀市大聖寺川付近を往時に支配した地方豪族である。

古代交通路の要衝を押さえる一族の娘が、

天智天皇の宮室に入ったことは、

同じく交通の要衝である近江の鏡王の娘「額田王」が

天武天皇と天智天皇に仕えたことに、よく似ている







沙沙貴神社
主祭神は少彦名神
神話の時代に少彦名神がササゲの豆の鞘(さや)に乗って海を渡って来た伝説から
「ササキ神社」が始まったと伝えられている。

副祭神 古代の沙沙貴山君の祖神 大彦「大毘古神」仁徳天皇 「大鷦鷯尊」

先代舊事紀大成経の鷦鷯本が秘蔵されていた神社だ。

伊賀一宮の敢国神社

秦氏により少彦名神祭祀

崇神天皇の御代に四道将軍の一人として、

北陸を平定し伊賀の国に永住したといわれる道君首名公の祖でもある大彦命 も祀っている。

これは沙沙貴神社の沙沙貴山君(ささきやまきみ)の祖神「大毘古神」と同一である。



sasaki

sakaki


ササキという名前の植物?

ササキという名前の植物についてご存知の方、教えて下さい。
神式ではサカキを供えることは承知しておりますが、別の植物のようです。

私の住んでいる広島県では、仏式のお墓に供えるシキビに似た植物を、「ササキ」と呼びます。
私の祖母は私を連れて墓参りに行く際、いつもお花屋さんに寄って「ササキ」と言って注文していました。

しかしインターネットで調べても出て来ないので、私の居住地方だけの方言かと思っていたら、関西出身の母も「ササキ」と呼んで、(昔のことですから)そこらの水辺に生えているのをとってお墓に供えていたそうなのです。
また同じものが昨今スーパーなどで「シラサギ」という名前で出品されていたりするというので、「シラサギ」でも検索してみましたが、やはり分かりません。

母によればシキビはササキに比べて葉が小さい、そして今丁度うちのお仏壇に供えてあるのがシキビで、ササキはお墓に供えるものだ、とのことです。

このササキという名前の植物は本当にシキビやサカキとは別物なのでしょうか?



ササキ→ヒサカキだそうです。

サイト見つけました。
http://02070402.blog.fc2.com/blog-entry-80.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B5%E3%82%AB%E3%82%AD

ツバキ科ヒサカキ属でお墓などにあげるそうです。
私の住んでる所では(千葉南部)神様はサカキ仏はシキビですけど
所によって違うんですね。勉強になりました。




大彦命(大毘古神) - 古代沙沙貴山君の祖神


『秀真政伝』によれば  
「佐々木の神社ありて、元祖笹気の神祭後の神代に、少彦名神此宮にて和礼を教」とある。

沙沙貴山氏の後裔

これを近江の沙沙貴山神社の由緒では沙沙貴山君の4世は、阿閉臣伊賀彦命、5世は、筑紫国造日道命でした。そして、645年の安倍倉橋麻呂、平安時代の安倍晴明と子孫がつながっていました。

筑紫国造 日道命(成務天皇期) 筑紫氏(君・公) 筑前国・筑後国

国造本紀(先代旧事本紀)によると成務天皇(13代)の時代、

阿部臣(あべのおみ)と同祖の大彦命(おおひこのみこと、大毘古命)の5世孫にあたる田道命(たみちのみこと)を国造に定めたことに始まるとされる





フルバージョン・宇多田ヒカル
http://pv755.com/michi



黒い波の向こうに朝の気配がする
消えない星が私の胸に輝き出す
悲しい歌もいつか懐かしい歌になる
見えない傷が私の魂彩る

転んでも起き上がる
迷ったら立ち止まる
そして問う あなたなら
こんな時どうする

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
一人で歩いたつもりの道でも
始まりはあなただった
It’s a lonely road
But I’m not alone
そんな気分

調子に乗ってた時期もあると思います
人は皆生きてるんじゃなく生かされてる

目に見えるものだけを
信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は
在りゃせぬ

どんなことをして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる
It’s a lonely road
You are every song
これは事実

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
どこへ続くかまだ分からぬ道でも
きっとそこにあなたがいる
It’s a lonely road
But I’m not alone
そんな気分


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::




2.トヨヨ神の皇統。 
クニトコタチからオモタルまで連なる日本の国君としての本家筋。




橘と真榊をそのシンボルとする。






コメント(0) 
共通テーマ:blog
前の1件 | -


2016年までの観た!読んだ!お勧めの映画や本でーす!