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くも=くぼ、、、ここか。。。 [調べなさいアプローチ]








日本書紀や風土記では

「土蜘蛛、土蛛、都知久母」


土蜘蛛

土 虫 知 虫 朱


都知久母

都 知 久母

みやこ しる くぼ





都 知 久母

土  久母

土久母

大久母




大久保


大久米、、、、、、





「大」という文字は、大集団としての「大」だと言われています



大久米

大久女

大久母


そうなのよ。


土蜘蛛と神武は同族だからね

同族を隠すために土蜘蛛を大久米に変えたんだろうな


大久米

道臣





奈良県橿原市久米町

http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1063720564.html

https://www.google.com/maps/place/%E3%80%92634-0063+%E5%A5%88%E8%89%AF%E7%9C%8C%E6%A9%BF%E5%8E%9F%E5%B8%82%E4%B9%85%E7%B1%B3%E7%94%BA/@34.4867397,135.791594,17z/data=!4m13!1m7!3m6!1s0x6006cd27883f0df9:0x9f64c6f45bbaeb6!2z44CSNjM0LTAwNjMg5aWI6Imv55yM5qm_5Y6f5biC5LmF57Gz55S6!3b1!8m2!3d34.4853118!4d135.7921377!3m4!1s0x6006cd27883f0df9:0x9f64c6f45bbaeb6!8m2!3d34.4853118!4d135.7921377

久米氏の祖神である天久米命・大久米命、後世に久米寺の鎮守社









あらら、、、


天久米命

アメノクメミコト


天 〇久米命

アメノ 〇クメミコト




来目は米では無く、

直系の祖先とする天鈿女命(アメノウズメミコト)
日本神話に登場する女神のウズメから来る家系を表し来目が久米になったと言う説もあり



高御魂(タカミムスビ)命の8世の孫である味耳命(うましみみのみこと)の後裔とする氏と、
神魂(カミムスビ)命の8世の孫である味日命(うましひのみこと)の後裔とする氏の
2氏があったと言われます。


『日本書紀』神代下天孫降臨章1書には、

大伴氏の遠祖の天忍日命が、来目部の遠祖である大来目命(天久米命)を率いて
瓊瓊杵尊を先導して天降ったと記されており、

『新撰姓氏録』左京神別中の大伴宿禰条にも同様の記述がある。

このことから、
久米直・久米部は大伴氏の配下にあって軍事的役割を有していたと考えられている。

大伴氏は久米族の有力者が独立したものか


道臣命
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E8%87%A3%E5%91%BD


道臣と大久米

道君と大久保






久米島






 一あるに云はく、二ふたはしらの神 遂に邪あしき神かみ及草木石くさきのいはの類たぐひを誅つみなひて、皆己すでに平むげ了をはりぬ。其の服まつろはざる者、唯 星ほしの神かみ香々かゞ背せ男を耳のみ。

 故かれまた倭文神しとりのかみ建たけ葉は槌つちの命みことを遣つかはせば、則すなはち服ひぬ。故れ二神天あめに登る。倭文神、此をば斯し圖と梨り俄未かみと云ふ。




、経津主神(ふつぬしのかみ)・武甕槌命(たけみかづちのみこと)は不順(まつろ)わぬ鬼神等をことごとく平定し、草木や石までも平らげたが、星の神の香香背男だけは服従しなかった[7]。そこで倭文神(しとりがみ)・建葉槌命(たけはづちのみこと)を遣わし懐柔したとしている[8][9]。

第二の一書では天津神となっている[10]。経津主神と武甕槌命が、まず高天原にいる天香香背男、別名を天津甕星という悪い神を誅してから葦原中国平定を行うと言っている[11][12][13]。

鹿島神宮や静神社の社伝によれば、武甕槌命は香島(723年に鹿島と改名)の見目浦(みるめのうら)に降り(現在の鹿島神宮の位置)[14][15]、磐座に坐した(鹿島神郡の要石とも)[16]。天香香背男は常陸の大甕(現在の日立市大甕、鹿島神宮より北方70km)を根拠地にしており、派遣された建葉槌命は静の地(大甕から西方約20km)に陣を構えて対峙した[13]。建葉槌命の陣は、茨城県那珂郡瓜連(うりづら)町の静神社[17]と伝えられる[13][15]。

「カガ(香々)」は「輝く」の意で、星が輝く様子を表したものであると考えられる[18]。神威の大きな星を示すという[19]。平田篤胤は、神名の「ミカ」を「厳(いか)」の意であるとし、天津甕星は金星のことであるとしている。

星や月を神格化した神は世界各地に見られ、特に星神は主祭神とされていることもある。

しかし、日本神話においては星神は服従させるべき神、すなわち
「まつろわぬ神」として描かれている。

これについては、星神を信仰していた部族があり、
それが大和王権になかなか服従しなかったことを表しているとする説がある。

全国の星神社や星宮神社の多くは天津甕星を祭神としている。

天津甕星を服従させた建葉槌命(タケハヅチノミコト)は、
天羽槌雄神と同一視されることもある[20]。


茨城県日立市の大甕神社は、建葉槌命を主祀神とする[21](一説には素戔嗚尊とも)[22]。

同神社伝では、甕星香々背男(天津甕星)は常陸国の大甕山に居を構えて東国を支配していたとしている。大甕神社の神域を成している宿魂石は、甕星香々背男が化したものと伝えられている。


葦原中国平定に最後まで抵抗した神ということで

建御名方神と同一神とされることもあり、

また、神仏習合の発想では北極星を神格化した妙見菩薩の化身とされることもある。








Toy kur ~土蜘蛛が呼んでいる
http://escapejama.blog.so-net.ne.jp/2015-03-19-3





駄目だ、、眠い、、、



白山祠官一族には阿倍氏族道君後裔



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